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2006年12月30日 (土)

そうだ 日光、行こう!-J○東日本-編

2~3日前に温泉でも行ってちょっとのんびりしたいなとふと思いつき善は急げと電話で宿を予約しました。場所は正直どこでもよく群馬、山梨、神奈川、栃木辺りで考えていたのですが、温泉本を立ち読みして目に付いた日光周辺に決めたわけです。自転車で行ってきましたとこのブログで報告したかったのですが、今回の交通手段は自転車でも車でもなく、電車&バスになりました。

当初かなり本気で自転車で行く事を考えていていました。前の晩はちゃんと遠征用の装備をしてボトルにCCDを溶かして準備万端状態でした。が、距離にして片道170km弱。宿周辺の標高は1500m近くにもなる事はリサーチ済みだったので正直かなりびびりが入っていたのは事実です(笑)。

そして当日29日の朝一番で宿に電話を入れ現地の天気を聞くと、「はい、こちらは今吹雪いております。」「あ・・えっ!!吹雪!?・・・・(汗)」。

おいおい、ちょっと待てよ、と。気持ちの上ではテンションが上がっていたのですぐに言われている意味が飲み込めずプチパニックに陥りました。天気予報は当然ながら頻繁にチェックしていたのですが当日は晴れマークだったはずでした。しかし冬型の気圧配置がこの日から急に強まるという情報も確かにあり、日本海側で雪になることは知っていたのですがまさかの展開でした。

2~30分位強行しようかやめようかをあれこれ考え、やはり無茶して何かあるといけないという結論に至りました。仮に気候条件が最高の状態であっても、自分というソフトの面でかなりギリギリの(と言うか、ちょっと冒険的要素をはらんだ)計画だったので冷静に考えれば迷うことなく自転車はあきらめるべきなのです。

次にマイカーで、とも考えましたがこれも断念。理由はタイヤがノーマルで後輪駆動の車だからです。宿の手前には有名な「いろは坂」があります。宿から10数キロしか離れていないいろは坂も積雪している可能性が充分にあるため、自分の車では登れなくなりガードレールに刺さるのが落ちです。こんな状態の車で雪のいろは坂をクリアできるのは某漫画の主人公くらいでしょう。

そこで頭をリセットして、今回の旅行を癒しの温泉旅行と位置付け大宮駅から新幹線に乗り込み出発です。

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新幹線は年末の帰省の方向と重なった事もあり超混雑の状態でしたが、運良く席をゲットでき座れました。しかし流石に速いこと、30分足らずで宇都宮に着きます。写真(上)は駅前の何かのモニュメントでしょうか。

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宇都宮からJR日光線に乗り換え小一時間くらいでJR日光駅に着きます。天気は快晴でした。しかし風が結構強く、気温はかな~り寒いです。しかし日光駅がこんなに天気が良いのに奥日光はそんなにも違うものかと、この時点ではまだ考えていましたが・・。

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日光駅から山の方面を見上げると、ん!?白いモヤみたいなものに山の頂は覆われれていますね。あの雲は雪雲というものでしょうか?

旅館のお出迎えバスに乗り込み、しばらく走るといろは坂の手前あたりまで晴れていましたが、いつの間にか雲が拡がり細かいドライパウダー状のものがバスの周りを舞い始めています。

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いろは坂です。コーナーごとに「い・ろ・は・に・ほ・へ・と・・・」と名づけられているんですね。粉雪が段々本格的に降りだしてきました。

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そして、これです↑。やはり電車にして良かったと胸を撫で下ろしました。いろは坂は上りと下りで道が分かれているのは有名な話ですが、上から逆走してきてすれ違う不届き者が1台だけではありませんでした。運転手がその度にクラクションを鳴らして注意していましたが、やがて理由がわかりました。ノーマルタイヤで坂を上れなくなりチェーンなども持っていない為に逆走してでも引き返さざるを得なくなった車が続出していたのです。路肩には雪の降る中慌ててチェーンを装着する車も数台見かけました。

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やがていろは坂を過ぎると中禅寺湖です。日光駅周辺の青い澄んだ空が嘘のような別世界になっていました。アヒルのボートが寒々しいです。

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宿に到着。外は雪が降りまくり、外気と室内の温度差で窓は結露しています。仕方がないので一日宿の中で過ごす事に。しかしこんな山の中で雪に閉ざされるという状況も、日頃の日常から隔離された感じで悪くないです。

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このGショックは気温測定ができます。早速窓の外にくくり付け、しばらく置いて見てみると・・・上の表示が見えるでしょうか?見えませんね。「-6.7℃」となっていました。

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ロビーからの光景。とりあえず風呂に入り、新聞を読んだり持参した読みかけの小説を紐解いたり、のんびりまったりしました。

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夕食。おいしかったので張り切りすぎて、いつになく食べすぎこの後動けない状態になりました。しかし蟹の量が思った以上にありました。

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深夜の露天風呂。今回の旅で一番良かったのがこれです。宿泊客はそれなりにいっぱい来てましたが、さすがに深夜2時ともなるとご覧のとおり風呂場を一人で独占できます。空からは相変わらず粉雪が降ってきます。額や頬に冷たい感触を残し雪が溶けてゆくのを感じながら首から下は温かい湯に浸かってというシチュエーションがもう最高でした。この一年の疲れも取れる感じです。

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翌30日。晴れ間が覗く中禅寺湖。

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東武日光駅前のお土産屋さんで蜂蜜入りソフトクリームを食べましたが、これもなかなか美味しくて満足。

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電車を待つ時間、ちょっと喫茶店に入りコーヒーを飲みながら小説を読んだりと優雅な時間を満喫。

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帰りは東武特急スペーシア号で帰りました。これ便利です。日光から一本で浅草、新宿まで行けちゃうんです。しかも料金も良心的。これなら東京-日光間も近く感じます。

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一泊二日の短い一人旅でしたが、それなりに楽しんで帰りました。今から思うと自転車なんて到底無理でした。たぶんなんとか日光までたどり着けたとしてもいろは坂辺りで坂を上りながら自転車ごと凍りついていた事でしょう。いやはや。でもいつかそのうち、ですね。

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2006年12月28日 (木)

澄み渡る夜空

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今日は昨日の大雨にうって変わり、快晴でした。
夜も東京っぽくない星空が見えましたね。

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2006年12月24日 (日)

昨日は

クリスマスムードが漂いまくる中(笑)、池袋の某自転車屋でペッドボトル用のボトルホルダーを買ってきたので夜寝る前にビールなど飲みつつ早速取り付けてみました。やはりペッドボトルをそのまま携行できるのもいいかなとかねてより考えていましたので。
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ダウンチューブのボトルホルダーが箕浦製なので、やはり同じ箕浦製にしました。

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ペットボトル用は二種類あるようで、僕は蓋の部分をゴムで固定するタイプを選びました。これだと走行中ガタガタする事はあまりない気がしますが、ちょっと取り出しと収納に慣れがいるかも知れません。もう1種類は固定しないでただ差し込むタイプでした。
それにしても本体のポリッシュフレームにはやはり箕浦のものが合うなぁなどと自己満足しつつ昨日は寝ました。

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2006年12月22日 (金)

来年には・・・

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先日神保町のアウトドア関連の某スポーツショップでシュラフ(スリーピングバッグ)(写真左)とパッド(写真右)を購入しました。

物はシュラフがISUKA製「エア450ショート」というダウン(羽毛)製のもので、ショートというのは身長170cm以下用の短いタイプという意味です。僕にはこれで充分で無駄がないところが嬉しいです。ダウン製でしかも短いタイプなので780gと小型軽量です。

パッドはシュラフの下に敷くものですが、モンベルの「U.L.コンフォートシステムパッド」というウレタン製の半自動膨張システムのパッドです。こちらも世界最軽量を謳うモデルだけあり480gと軽量。

友人にキャンプ愛好家が多いので、来年はこれらを投入する目論見ですが、もうひとつの目的もあります。それは・・・・・はい!自転車キャンプです!何種類もあるシュラフ、パッドからこれらを選択した基準は、用途に充分な基本的な機能性は勿論ですが、さらにそれに備えての「小型軽量」であるという条件を満たすものにちょっとこだわりました。

しかし、自転車キャンプは口で言うほど簡単ではないでしょう。いろいろ準備が必要と思われます。でも、せっかくロングライドにももって来いのガリレオという相棒を手にしたのですから、来年の計画のひとつに考えています。

となると、次にはやはり1~2人用のテントで、小型軽量のものが欲しいですね。

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2006年12月10日 (日)

ちょっと出掛けてきました。

今日は午前の仕事を終える頃、ちょうど晴れ間が広がり気持ち良い初冬の天候となりました。ちょっと風が気になりましたが以前から気になっていたイベントがあったので行ってみる事にしました。

電車で向かうにはちょっと時間があるのでサイクリングがてらガリレオで向かう事に急遽決めて、さあ出発。できれば走りたくない環七を仕方なく走ります。

Img_2120途中ちょうど良いあんばいに色づいた銀杏の木の下で。

環七から青梅街道に入り少し走ると、愛車ガリレオを購入したフレ○ド商会です。

Img_2121青梅街道沿いで。路肩は銀杏の葉で黄色い絨毯と化していました。

今のところ頼りない細いワイヤーの鍵しか持ち合わせてなく、ガリレオ用にワイヤー錠を購入。更にTOPEAKから出ているトップチューブ上に載せる形の小物入れと冬ライド用のちゃんとしたグローブもまとめて購入し、店から出るとその場でさっそく装着しそのイベントまで時間も押していたため先を急ぎます。が、結構向かい風で思うほどスピードに乗らず苦しみます。荻窪、西荻窪と来て吉祥寺辺りでちょっと迷い始め、変な道を彷徨いコンビニに入っては地図だけ立ち読みして出てくるという事を2~3回してようやく到着!!

Img_2123到着!!

場所は三鷹の国際基督教大学(ICU)です。今日はここの礼拝堂(写真中央)でクリスマスコンサートが催されているのでした。今日の目的はズバリこれでした。しかし・・・時間は既に開演から30分以上経過していました。ちょっと残念。

Img_2130コンサート真っ最中。

曲目はほとんど全て宗教音楽です。以前ここにパイプオルガンコンサートを聴きに来て良かったので今日も来てみましたが、今回は声楽、管弦楽、オルガンなど交えたコンサートでした。たまにはいいものです。途中自転車の疲れも手伝ってちょっと意識を失いかけましたが(笑)、厳かで心休まる宗教音楽と窓辺に映る紅葉した樹木がつかの間の癒しとなり満足しました。

Img_2131中央にオーストリア製のパイプオルガンが鎮座しています。いや~かっこいいです!

最後の曲がJ.S.バッハの『目覚めよ、と呼ぶ声が聞こえ』というちょっと有名な曲で締めくくられました。クリスマス~と名がつくコンサートでしたが、観客は老若男女いろいろでした。こんな環境で大学生活を送れるなんて、ICUの学生さんはちょっと羨ましいですね。

帰りは適当にふらふらのろのろと帰りましたが、フレ○ド商会近くの青梅街道沿いに最近開拓した僕好みの定食屋さんで夕食を摂ることも今日の筋書き通りでした。ここ、こじんまりしてますが店の雰囲気も良くて美味しいんです。ご飯もお代わり自由なので調子に乗ってお代わりなんかしていたらその後の帰路がちょっと苦しかったりしました。

本日の走行データ:総距離 57.62km、平均速度 19.2km/h、最高速度 47.4km

反省点:食事は美味しくても満腹になるまで食べてはいけない!(当たり前ですね)

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2006年12月 3日 (日)

北海道苫前三毛別羆事件〜旅行記〜

これは大正4年12月に北海道北西部の苫前三毛別で起きた日本獣害史上最悪の惨劇と言われる事件でした。今年の夏に吉村昭氏の『羆嵐』という本を読み、ネットで調べるうちに何故か現地に行きたい思いが強くなり8月に北海道旅行ついでに寄ってきましたのでその時の写真を織り交ぜてレポートします。吉村昭氏の史実に基づいたドキュメンタリー小説は事前の詳細な調査が有名で、そのためか描写は非常にリアルなものとなっています。例えばその日、その時間帯の風向きや天候まで調べ上げた上で文章にしていくそうです。残念な事にこの夏、ちょうど僕がこの『羆嵐』を読み終わって間もない頃、ふと目にした新聞で吉村氏逝去の報が載っていました。
ちなみにこの話は映画化された事もあるそうです。

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Book 羆嵐

著者:吉村 昭

販売元:新潮社

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士別方面から国道239号のワインディングを快調に飛ばすと、急に小さな町が現れます。そこが苫前ですが、ガススタの角を左折して農道みたいな道に入り現地はさらに20km先と相変わらず北海道はスケールが違います。しばらくのどかな田園風景が続きますが、やがてぽつんぽつんとこんな感じの看板が現れます。
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全く緊張感の無い看板なのですが、数字が小さくなり現地が近づいている事を思うと心臓の鼓動がやや速くなるのを感じ、ステアリングを握る手はちょっと汗ばんできます。それと「現地」という言い方が無意識の内に当時の惨劇を彷彿とさせるようで実際その場にいると怖いんですね。空はいつの間にかどんよりと曇りだしてきました。
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三毛別川に沿う形でつづく農道はかなり奥地まで整備されていますが、道路脇にぽつんぽつんと点在した民家もいつの間に見られなくなり、しばらくすると段々道が細くなりアスファルトが突然途切れ砂利道にかわります。対向車があればすれ違うのも難しいくらいの道幅ですが臆せずさらに数百m進むと・・・「その場所」は突然現れました。気のせいか昼間なのにそこだけ暗くなり、ひっそりと静かに、しかし何とも言えない雰囲気が漂っていました。
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当時の六線沢周辺は山林中の未開の地で入植者が貧しいながらもなんとか腰を落ち着け生活を始めた開拓村落でした。しかし当時は、と言いますが今でも充分未開の地で半径500〜1kmくらいの範囲に果たして他に人がいるのか?という程自然の中です。はっきり言って小説を読んだ後に「現地」を訪れると雰囲気がありすぎて興奮と緊張、得体の知れない恐怖感がいっぺんに押し寄せて地に足がつかない感じとでもいうのでしょうか(笑)。
(やば〜)と怖る怖る車を降りるとこの看板です。冬眠の時期を逸した「穴持たず」と呼ばれる一匹の巨大な羆がこの貧しい村落を突如襲い、僅か2日の間に子供を含め6人の男女が犠牲になったのです・・・。
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「でぇ、でたぁ〜〜!!?」ではないです。これは羆が当時の入植者の茅葺き小屋を襲うシーンが再現されているのですね。でもこれ、その場所にいるとなかなか怖いんです。想像していただければ分かるかもしれませんが、誰も入っていかないような山奥に続く細い道を進むとその先に突然こんなものが現れるわけですね。置物と分かってはいても実際その羆の魂が宿っているかのような雰囲気と迫力を感じました。で、大きさも結構大きかったりします。多分身長が3m以上はある感じです。
実際の惨劇の舞台は正確にはこの場所ではなくもう少し離れた場所との事ですが、本当にいつ『本物』が現れても不思議ではない気がしました。
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見てください、この険悪な顔。ちょっとやり過ぎでしょう!?というくらい凶暴そうに造り込まれています。でも後ろに回り込むとこの羆は上半身だけのようで、ちょっと間が抜けた感じなんだそうです。僕は後ろには行きませんでしたが。
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こんな奴と対峙したら、僕なら気を失うでしょうが最終的に仕留めたのは老練な一人の猟師でした。その猟師は体格に恵まれた羆撃ちの名人でしたが、酒が入ると豹変して暴れ出すという一癖も二癖もある人物だったようです。その猟師はこの羆を二発の銃弾で鮮やかに斃しました。弾は眉間と心臓を正確に射抜いていたそうです。しかしその恐怖は並々ならぬものだったでしょうね。猟銃が万が一不発に終われば、次の瞬間確実に自分の命は無いわけですから・・。
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一応小屋の中にも入れるようになっています。中は当然真っ暗でしたが。暗いのも嫌だったのですが、それよりもこの小屋の前に「ハチに注意!」の立て看板があるのが目に付き小屋の中に巣でもありはしないか!?とビクビクしました。まあ「クマに注意!」じゃないのが少し救いだったわけですが。
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入り口には記念スタンプや訪問ノート、慰霊祭の写真などが陳列されています。
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囲炉裏などその当時の小屋の内部も再現されているのでしょうか?観光客によって少し荒らされた印象も受けました。ここで一晩泊まったらと想像しましたが、「いろいろなもの」が出てきそうで考えただけでも恐いです(笑)。
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写真中央に何気なく一本の倒木が横たわっていますがこれは当時の開拓村落のものが残されているようです。
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これ判りますか?「クマの爪跡」という事なんですが、う〜ん・・本物でしょうか??
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ちなみに現地に駐車場というほどの場所はないのですが、スペースはありますので僕は着くなり車をUターンして駐めておきました。何故かと言いますと、なにが出てもすぐに引き返せるように(笑)。
行きには寄らなかったのですが、この羆事件の被害者の霊を弔うためにと地元の人々が建てた『三渓神社』が途中にあります。
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『慰霊碑』。小説を読んだ勢いで寄ってしまいましたが、実話なのだと改めて思い知らされます。
ご冥福をお祈りいたします。
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行きには気付かなかったのですが田園風景の向こうに風車が並んでいました。
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近づくとなかなか壮観で迫力があります。苫前は風力発電でも有名のようです。
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国道239号に戻り町を抜けるとすぐに海です。
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宿を目指す道中、にわか雨があり、それが止むと綺麗な虹が正面に出現!思わず写真を撮りました。
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その日は海沿いを走り札幌方面に向かいましたが進行方向右側が海で、とても夕焼けが綺麗でした。後から知ったのですがこの辺りの海岸線はちょうど夕日が海に沈むため夕焼けスポット(サンセットビーチ)として名がしれているようです。ちなみに「羽幌オロロンライン トライアスロン国際大会」が毎年開催されているようです。今年は僕が訪れた少し後に開催されました。
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ついでにもう一枚。
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以上長い旅行記になってしまいましたが、今年の印象的な旅だったためいつかブログにアップしたかったのですね。この事件現場復元地に関する情報は苫前町役場のホームページにしっかり載っていますので、もし興味のある方はご参照下さい。ちなみにそのホームページには「隠れた人気スポット」と紹介されていますが、「実際に熊がでますのでご注意下さい!」とも。まあ北海道の森林地帯ですから本当なのでしょう。ちなみに本州以南でいう熊とは月の輪熊ですが、北海道の熊は「羆(ひぐま)」です。よくニュースに熊を撃退とか武勇伝のように報道がありますが、あれは大抵本州の月の輪熊の事で、羆は到底素手や鎌、鍬などで撃退できるものではありません。破壊力の次元が違うのです。

事件が起こったのは12月9、10日の両日でしたがちょうど91年前のこの時期だったわけですね。
復元地は11月以降雪に閉ざされて除雪もされないようです。今頃は雪に覆われているのでしょうか。
大自然の猛威を前にした時、人間の存在の無力さを感じ、それでも果敢に逞しく生きた時代の人々がいて今の自分たちが存在するんですね。

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2006年12月 1日 (金)

12月です。

「早いもので今年も残すところ・・」「今年の10大・・」・・・。
毎年この時期になると急にマスコミが騒ぎだします。自分は何かやり残したことがあるのではないか?とか、なんだか自分だけ世間から取り残されている感じがしてしまい嫌だったりします。まあ、実際やり残している事は多いんですが(笑)。

そんな今日は12月1日。今日は何の日かご存知でしょうか?
『世界エイズデー』なんです。って僕も数日前に知ったことですが。


Img_1536先日銀座のAppleStoreに行ってきました。


Img_1561そしてこれを購入。

『iPod nano』ですが、これはiPod nano(PRODUCT) Special Editionというものです。この製品の購入金額の一部が「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に寄付されるというものみたいです。購入は先日でしたが、今日が「世界エイズデー」とのことでちょっと強引に結びつけてしまいました。
はっきり申しまして寄付には興味なかったのですが、この赤が欲しかったために銀座のApple Storeにわざわざ出向いてしまいました。今までラインナップにピンクはあっても赤がなかったのです。これはon lineでも購入できるようですが、店頭販売はApple Storeだけのようです。
しかし世にiPodが登場してから、瞬く間に大当たりしましたね。各メーカーともこぞって似たような製品を売り出して今では電気店の一角をなす程ですから。そんな時代の趨勢を僕は傍観していたのですが(というか興味がありませんでした)、とうとう手を出してしまいました。
僕はMacユーザーですが、さすがにというか当たり前なのかも知れませんが、MacとiPodの相性はすこぶる良く超便利という事に今更ながら感嘆しました。操作性の良さはもはや「気持ちいい」というレベルです。流行るわけです。4Gモデルにしたのですが、こんな小さなものにアルバム70枚前後のデータが入るというから驚きです。
iPodの宣伝マンではありませんが、デザインや質感もよくクリスマスプレゼントなどにも良いかも知れませんね。


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